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甲状腺ホルモン値は正常、甲状腺刺激ホルモン(TSH)が高値と診断されたら

人間ドックの血液検査で、甲状腺ホルモンは基準値内でしたが、
甲状腺刺激ホルモン(TSH)が高いと指摘されました。治療は必要でしょうか?

甲状腺ホルモン値は正常、甲状腺刺激ホルモン(TSH)が高値と診断されたら

本例では、潜在性甲状腺機能低下症の可能性があります。 潜在性甲状腺機能低下症とは、甲状腺ホルモン(サイロキシン[T4]あるいは遊離サイロキシン[FT4])は基準値内ですが、視床下部や下垂体が甲状腺ホルモンの不足を鋭敏に察知し、下垂体から分泌されるTSHが基準値上限を超えて高値を示す状態です。 甲状腺ホルモンが基準値以下になる顕性甲状腺機能低下症の前段階と考えて頂くとわかりやすいです。 潜在性でも、状況によりホルモン補充治療が必要になります。 潜在性甲状腺機能低下症は一般人口で4~15%とされ、女性に多く、高齢者になるとさらに高くなります。

潜在性甲状腺機能低下症の主な原因は「橋本病」

潜在性甲状腺機能低下症の主因は橋本病で、橋本病が顕性の甲状腺機能低下症に移行する過程でしばしば認められます。 橋本病は、免疫が自分自身の正常細胞・組織を攻撃してしまう自己免疫疾患のひとつで、別名は慢性甲状腺炎と呼ばれています。 中年女性に多く、甲状腺はびまん性に硬く腫大し、高度に変性や破壊が進むと甲状腺全体も萎縮し、甲状腺機能低下症を呈します。 成人女性の30~40人に1人に認める極めて高頻度の疾患で、代表的な症状としては「疲れやすい」「手足がむくむ」「体重増加」「血中コレステロールや中性脂肪の増加」などがあります。

痛みや違和感などの自覚症状がなく進展

潜在性甲状腺機能低下症は無症候で進展するため、臨床症状からの発見は不可能です。 そのため、人間ドッグや健診の血液検査や、不妊治療中に受けた検査の結果から指摘を受け、受診されるケースが多いです。 検査と診断には、TSHとFT4を、時期をおいて2回以上測定する必要があります。 持続の確認は1~3ヵ月ごとにTSHを測定し、3~6ヵ月の変化を目安に判定します。 高齢者では、生理的にTSHの正常上限が高くなるので診断には注意が必要です。 一過性の甲状腺炎の経過、薬剤性、うつ状態、ヨード過剰、不妊治療中(子宮卵管造影後も含め)に潜在性甲状腺機能低下を示すことがあり、鑑別が必要になります。

遊離サイロキシン(FT4)の変化に伴うTSHの変化と機能分類

甲状腺機能低下症は自己免疫の異常による病気

甲状腺機能低下症は自己免疫性甲状腺疾患とも呼ばれ、甲状腺の細胞を攻撃する抗体が血液中にできて起こる、自己免疫の病気です。甲状腺機能低下症で検査する自己抗体には、抗サイログロブリン(Tg)抗体抗甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)抗体があり、 これらの抗体の有無を測定することで、疾患の診断を行います。 Tg抗体は、甲状腺に特異的な蛋白であるサイログロブリン、TPO抗体は甲状腺ホルモン合成酵素に対する自己抗体です。 Tg抗体・TPO抗体は健常者、特に女性で陽性を示すことがあります。 橋本病では97%以上でTg抗体あるいはTPO抗体が証明され、その抗体価は甲状腺への細胞浸潤の程度と相関します。 潜在性甲状腺機能低下症は、TPO抗体陽性では年4.3%の頻度で顕性甲状腺機能低下症に移行する可能性があります。 日本人の高齢者ではTSH高値(>8μU/mL)で顕性甲状腺機能低下症になる可能性が高いとされます。

積極的に治療をおこなった方がいいケースとは

一般的には、機能低下症状の訴えがある、あるいは脂質異常を認め、かつTSH≧10μU/mLでは 合成甲状腺ホルモン(チラージンS)の補充治療をしたほうが良いとされます。 TSH<10μU/mLでは、臨床所見、大きな甲状腺腫、脂質異常、自己抗体の有無、などから判断します。 一方、無症状の方へのスクリーニングおよび治療が有益であるとするには、エビデンスがまだ不十分です。 冠動脈疾患を有する方や後期高齢者では、過剰治療によるリスクにも配慮が必要です。 また、65歳以上の潜在性甲状腺機能低下症への補充治療がQOLの改善につながらないとの報告や、85歳以上の潜在性甲状腺機能低下症ではむしろ致死率が低下しているとの報告もあることから、年齢及び基礎疾患を含めた病態を総合的に鑑み、治療の必要性を判断します。 補充治療が特に重要になるのは、妊娠を希望する女性もしくは妊娠女性の潜在性甲状腺機能低下症です。 妊娠や不妊診療による甲状腺系の変化を考えながら、一般とは異なる厳しい基準値で管理します。 自己抗体陽性かつTSH≧2.5μU/mLの潜在性甲状腺機能低下症は、流早産などのリスクが高く、治療介入がそのリスクを軽減させるので十分な補充治療をします。 一方で、自己抗体陽性かつTSH<2.5μU/mLの場合や、自己抗体陰性かつ2.5μU/mL≦TSH(≦基準値上限)の場合は、流産などの何らかの妊娠リスクは予想されるものの、介入の有効性は十分とはいえないことから、症例ごとに検討する必要があります。 また、欧米の各種学会ガイドラインを踏まえ、挙児希望の女性に少しでもメリットが期待できる場合には、治療を考えるべきと思われます。 妊娠3ヵ月まではTSH≦2.5μU/mL、それ以降はTSH≦3.0μU/mLを目標に、TSHとFT4を毎月測定し補充量を調節します。

潜在性甲状腺機能低下症の治療診断フローチャート

治療を受けない場合も、半年に一度の経過観察を

潜在性甲状腺機能低下症は放置すると動脈硬化が進行し、狭心症や心筋梗塞などの心血管イベントが増えると報告されているため、 治療を受けない場合でも、半年に一度、健診を受けた医療施設や甲状腺専門の医療機関などを受診して指導を受けると良いでしょう。 また、疲労感やむくみなどの自覚症状やLDLコレステロールや中性脂肪が高い場合は、一度くわしい検査を受けることをおすすめします。

参考文献: Thyroid. 27: 315-389, 2017. N Engl J Med. 376:815-25, 2017. Thyroid. 26: 580-90, 2016. Eur Thyroid J. 3: 76-94, 2014. Eur Thyroid J. 2: 215-28, 2013. Lancet Diabetes Endocrinol. 1: 228–37, 2013. Endocr Pract. 18: 988-1028, 2012. 日本甲状腺学会雑誌 Vol.6 No2, 2015.

執筆者:

医療法人みなとみらい 逗子金沢内科クリニック 院長
谷 祐至 先生

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